「ホームタウンに最も貢献しているクラブ」川崎フロンターレ 地域に愛され続ける企画のルーツとは?

2020年、J1史上最速での優勝を決めた川崎フロンターレ。今シーズンに入っても、5月11日現在で13連勝含む15戦負けなしと首位を独走している。

過去4年で3度のリーグ優勝を成し遂げ強豪クラブであるとともに、多くのユニークな企画がスポーツの枠を超えて話題を呼んでいる。

ISS(国際宇宙ステーション)と等々力競技場を結びリアル交信をする時もあれば、競技場に車両を運んで開催したイベントは鉄道ファンをも熱狂させた。

このような独自の企画が生み出された背景は何か。今回は川崎フロンターレ タウンコミュニケーション部 プロモーションリーダーの若松慧さんに協力いただいた。

(取材協力 / 写真提供:川崎フロンターレ)

創設時からの苦労を乗り越え、地域に愛される人気クラブに

―「タウンコミュニケーション部」では、どんなお仕事をされているのでしょうか?

若松僕たちは、試合会場やオンラインでのイベントを企画から実行まで担当しています。その他には川崎市の行政や地域活動に参加して、地元の方たちとの連携を図っています。

イベントとしては、自分たちから「こういうことやりたい!」と仕掛けていくのもあれば、「一緒にできませんか?」と言ってくださる方もいます。おかげさまで多くの団体の方々から声をかけていただいています。

―川崎フロンターレはJリーグ観戦者調査の「ホームタウンで大きな貢献をしているチーム」に10年連続1位(2010〜2019年、クラブ公式HP発表)に輝いているなど、地域との結びつきが強いことで有名です。その要因は何と考えていますか?

若松一つ一つの活動にこだわりを持って取り組んできた結果だと思います。

元々フロンターレというのは、後発のJリーグクラブです。川崎市は、昔ホームにしていたチームが撤退することが続き、プロスポーツが根付かない地域でした。

フロンターレが誕生した当初も、スタッフが街へ挨拶に行っても「どうせまた移転するのでは?」と言われていたと聞きました。それで、スタッフが手書きで作って掲示版を商店街に貼るなどを地道な活動を続けていたそうです。

そういった背景があったので、フロンターレは”地域に愛されるクラブになろう”と。地域と一体になる活動を一番に考えてやってきました。

「かわさき応援バナナ」。売上全てを競技場改修費として市に寄付している(写真は山村和也選手)

僕自身もクラブに入る前からフロンターレの活動は知っていて、Jリーグという括りのみならず、スポーツ界の中でも地域と連携している代表的なクラブだなと思い入社しました。

フロンターレは川崎と共に歩んで成長しているクラブなので、過去に苦労してそれを耐えながら花開いてきたと思っています。

ターニングポイントとなったハロウィンイベント

―難しいかもしれないですが、最も印象に残っているイベントを選ぶとしたら何でしょうか?

若松うーん、たくさんあるなぁ(笑)2018年シーズンにハロウィンイベントをやったんですけども、今でもあの中ではターニングポイントだと思っています。選手が仮装をやるという企画で、選手全員に協力してもらいました。

(中村)憲剛さん曰く「1つの企画としては選手全員出るのは初めてなんじゃないかな」と。10月の間ホームゲームの試合が空いたので、「サポーターにフロンターレのことを少しでも考える時間を1日の中で持ってくれたらいいな」ということで、プロのスタイリストさん入れて本格的に行いました。

選手全員で参加し、話題となったハロウィンイベント。

賛否両論あったのですが、憲剛さんと話したときに「皆で参加した事は凄く意味のある事だよ」とバシっとメディアで発信してくれて、自分のやったことを肯定してもらったんです。

選手が全員で協力してくれたことで、サッカーを知らない人たちでも「フロンターレは選手たちみんなで盛り上げてくれる」ことを証明できました。自分の企画したイベントに対して自信にもなりましたし、成長できた機会でした。

コロナ禍で感じた「試合ができる喜び」

― 2020年は新型コロナウイルス感染拡大により試合が中断したり、無観客などがありました。運営する側としても影響は大きかったのではないでしょうか?

若松はい。もちろんありました。一応ホーム全試合行うことができたのですが、昨年やり切れなかったものもありました。なので今年練り直しています。

あとは、(昨年2月の中断からの)再開が決まってからどう運営をしていけばよいのかというところからまず最初始まりました。感染症対策はもちろん、スタッフの数も制限してやっていたところがあったので。さらに昨年は試合も過密日程だった分、準備できる期間も短かったですね。自分の中では「もう少しやれたらなぁ」っていうのと「最大限盛り上げなければいけない」この2つのせめぎ合いでした。

葛藤がありながらも2020シーズンを走り切った。

ただ、その中でもクラブ一丸となって1年間走りきれた。サポーター含め、みんなでやりきった事は本当に感謝でした。ピッチでの成績もそうですけども、最高の結果につながったのではないかなと思っています。

―コロナ禍のシーズンで新しい発見はありましたか?

若松:試合ができるありがたみ・喜びを改めて知った機会だったことです。僕たちは試合があってサポーターの方々に来てもらってこそイベントが成り立ちますし、試合を観ていただけると思うので、そこはすごく改めて考えさせられたなと。僕はよく試合には新丸子駅から等々力まで歩いて向かってるんですけども、通り道に美容室があるんですよ。

フロンターレを熱心に応援してくれている美容室があって、毎回看板のところに店長さんが一言メッセージを掲げてくれていて、「今日もお仕事なので◯◯(相手マスコット名)に会いたかったなぁ」とか「絶対に負けられない戦いがそこにはある」などと書いてくれてるんですよ。

地域の人たちが応援してくれてるシーンを見るのが凄く楽しみで、本当に感謝しないといけないなというのは改めて感じました。「(一昨年までの)状況は当たり前じゃないんだ」と。多くの方々の協力があって試合を開催できているという事は絶対に忘れてはいけないと思っています。

優勝決定試合で効いた”隠し味”とは?

―企画を立てるときに「これだけは絶対外せないポイント」は何ですか?

若松:個人的には、”隠し味を忘れない”です!

「これを自分の中で絶対にやりたい・入れたいんだ」っていう案を1つでも持っておいて、笑ってもらえるシーンが想像つくものを用意しているんです。

2020年の隠し味で言えば優勝決定戦(11月25日:ガンバ大阪戦)です。あの日は「KAWASAKI GAME SHOW」というゲームをテーマにしたイベントがあったのですが、その日はポケモンさんと一緒にコラボした日でした。

この日はサトシの声を務める松本梨香さんに来ていただいたんですよ。「めざせポケモンマスター」これは絶対歌ってもらおうと。ハーフタイムショーで歌ってもらったんですが、自分が想像していた以上にスタジアムが一体となって盛り上がりました。

ハーフタイムでまだ勝敗は分からない状況ではありましたけれども、”こういう雰囲気で等々力の試合は行えている”というのを思い起こさせてくれた瞬間でしたね。

ハーフタイムショーで熱唱した松本梨香さん。スタジアムの熱気はさらに上がった

後さらに良かったのは、松本さん自身が川崎にある洗足学園音楽大学の講師を務めているので、”川崎ファミリー”としてつながったというのが僕の中ではすごく大きなものでした。

これからもフロンターレらしく「温かくユーモアのあるクラブ」に

―では、最後に。今クラブは強豪チームになって、地域との関わりもどんどん広がっていると思いますが、若松さんはフロンターレを今後どんなクラブにしていきたいと考えてますか?

若松:温かく、ユーモアのあるクラブにしていきたいです。そこがぶれてしまったらフロンターレらしさを失ってしまいます。

昨年、憲剛さんが引退したことで、クラブの見られ方もまた違ってくると思います。プレーがすごく注目される部分もあるんですけども、川崎の街と多くの連携を行ってきた選手の1人でした。

昨年惜しまれつつ引退した中村憲剛選手(当時)。その功績は計り知れない

憲剛さんはじめ、多くの選手達がやり続けてくれたからこそ、今の選手たちも協力してくれているのもありますし、我々スタッフも同じ気持ちで戦ってきたという思いがあります。そういった意味で、謙虚に、ユーモアがあってかつ地域の人たちとの繋がりをこれからも大切にしていきたいです。

フロンターレは創立当初の数々の苦労を乗り越えて、人気・実力を兼ね備えたクラブに成長した。今シーズンもコロナ禍の収束がまだ見えない状況であるが、どんな企画で盛り上げてくれるのか。若松さんの”隠し味”に注目である。

(取材 / 文:白石怜平)

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