アスリートの能力を最大限に引き出す「最強のフォロワー」に徹したい

パラリンピックのさまざまな種目で採用

パラアスリート一人ひとりに合わせたオーダーメードでつくられる義足

「お客様一人ひとりに『あきらめなくていい』をお届けしたい」。義肢(ぎし=義手、義足)装具や福祉用具などを手がける川村義肢株式会社(大阪府大東市、川村慶社長)が掲げる基本理念である。

同社の製品はパラリンピックのさまざまな種目で採用されている。それらはすべてオーダーメード。パラアスリートの体格や体の動き、状態に合わせることで最大のパフォーマンスを引き出せるようにするためだ。

同社は1946年に川村社長の祖父が東大阪市で個人創業。実父が1963年に株式会社に改めた。同業者は国内に800社ほどあるが、大半は家内工業の形態である。これらに対し、同社は義肢装具ばかりでなく、福祉や介護、高齢者向け対応(補聴器、住宅改修など)製品まで総合的に扱う。この分野における国内最大級の義肢装具メーカーである。

祖父が興し、実父が拡大した事業を引き継いだ川村社長の目指すパラアスリート支援の取り組みを探る。

「蹴り出し」を強めた板バネの採用

創業当時は終戦直後という世相を反映し、手や足を失った人々のための義肢や装具などを製作、提供してきた。オーダーメードである。この時の姿勢が今日の「お客様一人ひとりに、つくる、あわせる」という基本理念に引き継がれている。

同社がパラアスリート向け製品に参入したのはカーボングラファイトの板バネを使った「フレックスフット」という海外製の義肢を手がけたのがきっかけだった。

義肢といえば足形を模した義足を思い浮かべる人が多い。しかし、従来の義足は走ったり跳んだりするときの「蹴り出し」が弱い。

それを軽くて強くてしなやかな素材の板バネに代えたのがフレックスフットである。開発した会社の社長自身が義足を装着していたからこそ漕ぎ着けた発想であった。

フレックスフット

今回のパラリンピックでも、さまざまな種目で同社製品が採用されている。心血を注いだ製品の一つがパラカヌーである。競合者がひしめく陸上競技用と異なり、カヌーに使われるシート部品で同社は極めて高いシェアを占めているからだ。同社製シートは冬季種目のチェアスキーなどでも使われる。

選手の心の中にまで入るものづくり

わが国における義肢装具業界の事実上のリーディングカンパニーであるにもかかわらず、同社はあえて製造のすべてを自社でまかなっていない。「餅は餅屋」という考え方があるからだ。

主要素材や機能部品などはそれぞれの専門メーカーに委ねる。得意分野を持つ業者をネットワーク化し、互いのパートナーシップでパラアスリート本位の製品を仕上げるためだ。このような連携先は1000社に及ぶという。

パラアスリートが最大のパフォーマンスを発揮できるようにするために同社が心がけているのは「選手の心の中にまで入るものづくり」(川村社長)だという。発注した選手が何をしたいか、何を目指しているかが分かっていないと真のオーダーメードができないからだ。

能力を最大限に引き出せるように義足を調整する

当然のことながら、同社が提供するのは誰もが使える量産品ではない。世界でたった一つ、その選手のためにこしらえたものだ。例えば、パラカヌーのある女子選手のためのシートを作る際にはカヌーに対する思いを徹底的に聞いた。

「競技に対する真摯な気持ちが選手自身にないと、その力を引き出せるものは作れません。選手の期待を上回る製品を提供することがメーカーとしての使命だからです」(同)。

新たな製品を作る時には選手も巻き込む

選手の思いや考えなどを聞いた上で同社が心を砕いているのは、ものづくりに選手を巻き込むことだ。競技に対する本気度や向き合い方がいい加減だと良いものが作れないからだという。

アスリートを支える製造工程

例えば、シートを作る場合、競技に伴う激しい動きに耐えるためには体幹をしっかりと支えねばならない。そこで頑丈な背もたれを付ける。半面、それが肩甲骨にあたるので動きづらくなる。だったら、当たる部分を削ればよい。しかし、怖いと感じる選手もいる。

「この時、やりましょうと向かうか、いやですと退くか。その決断がぼくらを奮い立たせるのです」(同)。選手が前のめりなら開発陣も力を惜しまない。できるだけ、選手をものづくりに参加させたいという理由である。新しくて良いものを生み出すにはそういう心の通い合いが欠かせないからだ。

互いの目の高さを合わせることの大切さ

ものづくりに選手を参加させるのは要望を製品に反映させ、最大限のパフォーマンスを引き出すためばかりではない。万が一の場合、選手自身が調整や修理をできるようにするためでもある。

チェアスキーの選手は日本が夏を迎えると南半球でトレーニングするのが習わしだ。しかし、社員を現地に派遣するのは困難だ。従って、トレーニング中に見舞われるトラブルやアクシデントは一人で解決しなければならない。極端な話、滑走中に転倒しても誰も起こしてくれない。孤立無援だ。

だからこそ、用具が壊れても慌てず、落ち着いて直せる気持ちの強さが問われる。「大切なのは選手の気持ちを踏まえた上で、プロとしての提案をすることです。

「こういう仕事をしていると、作り手が目立ってしまって、アスリートの姿が見えなくなることがあります。それは本意ではありません。われわれの真の仕事は、アスリートの能力を最大限に引き出す『最強のフォロワー』に徹することです」(同)。

「そうしたいなら、こんなやり方がある。こういう工夫もできる」と投げかける。その提案に対して選手も意見を言う。そういうやり取りを何回も繰り返すうちに互いの目の高さが合うようになる。「時間はかかりますが、おろそかにはできません」(同)。

「互いの目線が同じになった」と感じ始めた時に投げかけられた強い一言を川村社長は今も忘れないという。「本当に私と同じ目線になりたいと思うなら、自分と同じように足を切断せぇ」ーー。「その重さを感じているからこそ、相手の気持ちをとことん理解しようという思いがあるのです」(同)。

地雷製造よりも義肢装具のために力を

歴戦を共にしたアメフトのヘルメットと川村社長

古来、事業は初代が興し、二代目が広げ、三代目が潰(つぶ)すとされる。この諺通りにならぬよう、三代目の川村社長が重視していることがある。

まず、世界一愛される会社になること。次に、従業員の子どもや孫が入りたい会社になること。そして、いじめや戦争をなくすことである。一つ目と二つ目の目標は徐々にではあるが実を結びつつある。

それに対して、いじめはするのも止めるのも力がいる。いじめの最たるものが戦争だと川村社長は言う。例えば、対人地雷は50円ほどでできるとする。しかし、犠牲になった人に義足を装着してもらうまでにかかる医療コストは膨大だ。金額ばかりでなく、人手もかかる。むしろ、そのダメージが大きい。

「地雷の製造よりも義肢装具のためにテクノロジーを使う方が良いことは子どもでも分かります」(同)。そういう子どもたちを育んでいくのも使命の一つ、と川村社長は考えている。パラアスリート向け製品を手がけているメーカーだからこそのスタンスであろう。

川村義肢本社工場
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