東日本大震災から10年 楽天イーグルス ”がんばろう東北”日本一への軌跡(後編)「本当の優しさは強さを見せること」

2011年3月11日、東北地方を中心に甚大な被害をもたらした東日本大震災。今年、この震災から10年を迎える。

宮城県仙台市に本拠地を置く東北楽天ゴールデンイーグルスは、2013年に球団初の日本一に輝き、国民に勇気と感動を与えた。

前編では、2011年の震災発生当時からシーズンまでを振り返った。

後編も引き続き、聖澤諒・楽天イーグルスアカデミーコーチ、楽天野球団 地域連携部・松野秀三氏に協力いただき、栄光の瞬間について語っていただいた。

(取材協力 / 写真提供:楽天野球団 ※以降敬称略)

”強さ”を見せた球団初のリーグ優勝

震災から2年間、連続Bクラスの悔しさを胸に迎えた2013年。

開幕前、星野監督がチームに向けこんな言葉を伝えた。松野もその場で聞き奮い立ったという。

「選手全員が被災者を思う優しさは十分に伝わっている。だけど俺たちの本当の優しさは強さを見せること。それが必要だ。子どもの頃は強いヒーローに憧れたと思う。だから俺たちは優しさだけじゃなくて強さを届けよう」

”今年は強さを示す”

指揮官の熱い想いが浸透し、さらに一体感を強めた。

田中は開幕直前までWBC日本代表のメンバーとして戦っていたため、ドラフト2位で入団した則本昂大がルーキーとしてはリーグ55年ぶりの開幕投手に抜擢された。ここから伝説のシーズンが幕を開ける。

4月は借金3の4位と若干出遅れるものの、5月に2位へ上がるとここから状態を上げていく。7月4日、ロッテとの直接対決に勝利しついに首位に並んだ。

田中は前年8月から負けなしで、連勝のプロ野球新記録を更新し続ける。8月28日にはついに優勝マジックが点灯した。

9月1日に一度マジックが消滅し、島内宏明とラズナーが故障により離脱するものの、勢いは途絶えない。17日にはマジックは1桁の9となった。

マジック2で迎えた9月26日、敵地西武ドーム(現:メットライフドーム)での西武戦。この試合に勝利し2位のロッテが負けば優勝が決まる。ベンチは田中をブルペン待機させた。

試合中に、ロッテが日本ハムに敗戦しマジック1に。イーグルスは7回に聖澤の四球をきっかけに、満塁から4番のアンドリュー・ジョーンズが走者一掃のタイムリー2塁打で逆転した。

そして9回表、田中将大がマウンドに。1死2・3塁のピンチになるものの、3番・栗山巧を3球三振。続く4番は浅村栄斗。

追い込んでから5球目に投じた153kmのストレートにバットは空を切りゲームセット。球団史上初のリーグ優勝を決めた。

松野は歓喜の瞬間を見届けながら嬉しくも慌ただしく準備に追われたという。

「優勝もいつ決まるかもわからないので祝勝会のスタンバイをしたり、日本シリーズも初めてなので開催時はどういう環境でやらなければならないのか・パブリックビューイングを設けて東北全体で繋ぐといった準備をする必要がありました。優勝の雰囲気は味わいつつも、球団職員は各々が一丸となって目先のいろんな課題をこなしていきました」

優勝当時、慌ただしくも嬉しかった思い出を語った

東北にもたらした歓喜の日本一

クライマックスシリーズはロッテとの対戦。初戦先発の田中がここでも完封勝利で勢いづけ、アドバンテージの1勝含め4勝1敗で日本シリーズ進出を決めた。

迎えた日本シリーズ。星野監督にとって現役時代から打倒を掲げてきた巨人が相手に。

本拠地Kスタでの初戦は田中の疲労を考慮し、則本が先発のマウンドに上がった。8回2失点と試合をつくるも、巨人の投手リレーを相手に点が取れず敗戦。2戦目に満を持して田中が先発。貫禄の投球を見せタイに戻した。

東京ドームに場所を移した3連戦。このシリーズMVPとなる美馬学が第3戦に好投し、5戦目に辛島航・則本のリレーで勝利し王手をかけ仙台に戻ってきた。

そして6戦目の先発は田中。この年ポストシーズン含め26勝負けなしで迎えたこの試合、誰もが勝利を信じて疑わなかった。

2回に相手の失策から楽天が2点を先制。このまま進むと思われたが、5回にホセ・ロペスの本塁打で同点を許し、さらに2死1・3塁から高橋由伸にセンター前に抜けるタイムリーヒットを打たれ逆転を許した。

6回にも1点を失い、2−4でまさかの敗戦となり第7戦までもつれ込んだ。

「田中で負けた…」

誰もがこの結果に驚いた。ただ、チームには動揺は全くなかった。松井稼頭央(現:西武二軍監督)など経験した選手もいたが、ほとんどが初めての日本シリーズの舞台。怖いものを知らない気持ちで前を向いていた。

「とにかく前向きでしたね。田中で負けた後もロッカーでは雰囲気も下がることはなかったです。『また明日やるぞ』って気持ちでした」(聖澤)

そして第7戦。前日160球投げた田中もベンチ入りした。イーグルスは初回に1点を先制し、2回にも1点を加え優位に進める。先発の美馬も第3戦の勢いそのままに好投を見せ、7回から則本がリリーフ。0点でつなぎ9回を迎えた。

球史に語り継がれるあの瞬間が訪れた。

スタジアムDJより田中の名がコールされると、Kスタ全体がスティックバルーンの音とともに歓声が上がる。当日球場に入れなかった1万人以上のファンが、外に設けられたパブリックビューイングに駆けつけ、小雨の降る寒空の下で声援を送っている。

登場曲「あとひとつ」が流れ、球場全体の大合唱が田中を包んだ。

先頭の村田修一に安打を打たれるものの、続く坂本勇人、ジョン・ボウカーを抑え2アウト。前日本塁打を浴びたロペスにも安打を許し、迎えるは代打・矢野謙次(現:日本ハムファーム打撃コーチ)。

スタンドからの”田中コール”が後押しになり、カウント1−2と追い込んだ4球目の外角スプリット。矢野のバットが空を切り、ゲームセット。

グラウンド、ベンチが一斉にマウンドに集まり、星野監督にとっても初の日本一の胴上げが行われる。東北に日本一の栄冠をもたらし、被災者の方達に大きな勇気と希望を与えた瞬間だった。

東北楽天ゴールデンイーグルスが2年越しで”野球の底力”を見せつけた。

この11月3日、聖澤は28歳の誕生日だった。序盤ながら途中出場し、2安打を放つとともにセンターのポジションから歓喜の時を迎えた。

「僕は平常心で試合に臨んでいましたが、終わってニュースを見ると、被災地の人が集まって応援してくれていた。その光景を見たときに鳥肌が立ちましたし、『すごいことをやり遂げたんだ』という気持ちになりましたね」

日本一当時の心境を語る聖澤アカデミーコーチ

松野にとってもあの瞬間も忘れらない最高のシーンの1つだ。

「さまざまな方の想いが錯綜していたと思います。あらゆる角度から感情移入をしていただいて、優勝した瞬間に普段はおめでとうと言われると思うのですが、あの時は『ありがとう!』と言っていただいたのが印象的でした」

「行動力はすごい」10年を経て感じたこと

今年は震災から10年の節目を迎える。建物も復旧し、これまで以上の活気が東北へ戻ってきている。

復興についてはどう感じているか、両者は以下のように語った。

「人間の行動力はすごいなと。実際に震災当初から見ていて、仙台空港も津波で流されていましたから。復興のスピードもあの当時を振り返ると速いと感じています」(聖澤)

「ハード面の整備は、我々も訪問してきた中でも整備が進んでいると感じています。私はこの後の取り組みとして、今後はソフト面の活性化が必要と思っています。ソフト面とは、ITの活用のみならず地域の魅力創出や活性化に向けて、青少年の支援活動などもキーワードになると考えています」(松野)

今後はソフト面を活性化させたいと東北の更なる発展について語った

そして風化させてはいけないという責任感がチームにはある。当時を知らない若い選手も増えてきた。イーグルスのユニホームを着てプレーすることについて、聖澤はこう考えている。

「東北という名を冠しているチームで、たくさんの応援をいただいているという気持ちを持たないといけないです。若い選手は当時のことをあまり分からないかもしれないですが、『先輩方はこれらを乗り越えてやってきた』ということを1度は映像見るなどして、想いを感じながらプレーしてほしいと思っています」

松野も被災した身として、これからも経験を語り継ぐという使命感を持っている。また、伝えていくだけでなく必要なことがあると語った。

「災害から復興に向かう過程でイーグルスが活力になり、前に進む力になったこともポジティブなケースとして残していきたいです。我々も『がんばろう東北』というのを掲げていますので、その名の下に東北の魅力を今後も世界や全国に発信していきたいです。あとは災害に対して備えていくことも必要だと思います」

インタビュー後の2月13日、福島・宮城でマグニチュード7.3の大地震が発生した。直後に10年前の震災の余震であると発表されるなど、松野が述べた通り、今後も大地震に対する備えは必要不可欠である。

栄光の立役者が復帰。8年ぶりの日本一へ

聖澤は18年に現役を引退。翌年から楽天イーグルスアカデミーでコーチとして子どもたちを指導する傍ら、中継の解説などを務め現在も仙台を拠点に活動している。

アカデミーでは、年中クラスから中学生まで幅広く指導しており、これからもイーグルス、そして東北の未来のために”恩返し”を続ける。

松野は17年から地域連携部に異動。組織変動などもあり、現在は野球振興部に所属している。球団ビジョンである「日本一愛される球団に」を実現するため、地域密着を強化する役目を担う。

自治体や商店街との連携を深め、イーグルスが東北の文化としてさらに根付くよう日々奮闘している。

そして現場では今年1月、13年に24勝0敗の成績で日本一の立役者となった田中がメジャーリーグから復帰。

入団会見では「(震災から)10年という数字は自分にとって意味のあるタイミング」と語り、節目の年を意識しての復帰となった。

13年以来のリーグ優勝そして日本一奪還を狙うべく、イーグルスナインは東北への想いを胸に戦っている。

(取材 / 文:白石怜平)

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