キャリア

28歳起業家・高橋祥子氏 人見知り克服は「夢のため」

2016.12.13R25

生物の設計図、“ゲノム”の解析技術は絶え間なく進歩し、いまや個人が10万円程度で自分の遺伝子情報すべてを取得できる時代に突入した。そんなゲノムビジネスにいち早く着手したのが、ジーンクエスト創業者の高橋祥子氏。

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東京大学大学院在学中、25歳で会社を立ち上げた高橋氏。自らが頑張ったぶん成果が得られる学業や研究と異なり、努力だけではどうにもならない仕事の壁に悩むこともあるという。そんなとき、自分を支えてくれるものは何なのか?

●夢がなかったら、会社なんてとっくに辞めている

研究者と経営者、2つの顔を持つ高橋氏は、それぞれの違いを次のように述べる。

「研究は個人プレーなので、自分が頑張れば報われる場面が多いと思っています。でも、会社やビジネスはほとんどチームプレーですし、取引先の都合もあるので私一人がいくら努力したからって成功するわけではない。会社を作ってから、そういうことをたくさん経験しました」

そもそも会社経営なんて大変なことばかり。できることなら「やりたくない」という。好きな研究に没頭していればよかった学生の立場から経営者になったことで、苦手なことにも向き合わざるを得なくなったそうだ。

「こういう会社をやっていると大学や国の研究機関とのお付き合い、偉い先生方や業界団体の方との会合にも参加せざるを得ません。私は極度の人見知りで、知らない人に会うのが本当に苦手なんです。会合が近づくと『都合が悪くなりました』って先方から連絡こないかな…なんて考えてしまう。場数をこなしていくうちに緊張しなくなりましたが、会社を立ち上げた当初はしんどかったですね」

苦手なビジネスにも必死で取り組む理由は、遺伝子の謎を解明し医療に役立てる夢を実現させるため。「自分を支えているのは夢だけ。それがなかったら社長なんてとっくに辞めています」。逃げたいときも、自ら掲げた壮大な夢を思い出すことで乗り越えてきたのだ。

●夢を描くには、「盤石すぎるレールに乗らない」ほうがいい


大学に残って研究を続ける道もあった。しかし、なぜ苦労が多い起業の道を選んだのだろう?

「どれくらいの実績や経験を積めば准教授や教授になれるか、だいたい分かります。ただ、このご時世、いつ研究費がカットされてもおかしくないし、そもそも年功序列なので20代で教授なんて無理。この先もずっと自分がやりたい研究を続けていくためには、持続可能な事業に発展させる必要があると思いました。起業したのはそのためです。ある意味、夢を持ち続けるための選択といえるかもしれません」

大学の権威に頼らず、経営者兼研究者という日本では前例が少ない道を歩み始めた高橋氏に、あえて「仕事に夢を描けない」というビジネスマンへのアドバイスをもらった。

「あまりに盤石すぎるレールに乗らないことだと思います。特にしっかりとした企業文化が根付く大きな会社に染まりすぎてしまうと、夢を描きづらくなる。一方、ベンチャーの価値は、ビジョンやミッション。むしろ、それ以外は何もない。夢やビジョンを持ってガツガツしている人が集まっているので、そこにいると自分も熱くなるんですよね。周囲に引っ張られて、自然と『これがやりたい』と思えることが出てくると思います」

ちなみに、高橋氏が理想とする男性像も“自分と似た価値観”の持ち主のようだ。

「私が理想とする男性は、“ミッションオリエンテッド”な人。つまり、『何かに向かっている人』です。そういう人って一生懸命生きている感じがする。自分のやりたいことをちゃんと定義し、理解し、適切な場所と環境を自分のために用意していて、頑張っている人は魅力的ですよね」
(末吉陽子/やじろべえ)

(R25編集部)
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※当記事は2016年12月12日に掲載されたものであり、掲載内容はその時点の情報です。時間の経過と共に情報が変化していることもあります。
※コラムの内容は、R25から一部 抜粋したものです
※一部のコラムを除き、R25では図・表・写付きのコラムを掲載しております

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